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母を慕ひて
現在、神奈川県藤沢市鵠沼(くげぬま)で、高齢者福祉の充実を目指し奔走している北島令司(きたじま・れいじ)さんのお話しです。


北島さんは昭和25年薩摩半島南端の知覧基地から出撃する特別攻撃隊(特攻)の護衛の任に就いていました。

「特攻」という言葉を一度は聞いたことかあるとは思いますが、知覧で行っていたのは、旧式の戦闘機にありったけの爆弾を積み、上空およそ2千メートルから急降下、海面すれすれを飛行し、側面からの体当たりで敵艦に致命傷を与えることを狙ったものです。

武器をろくに持たぬ特攻機が途中で敵機と出くわした時に護衛するのが、北島さんの任務でした。

当初は「神風」と畏れられ、奏功した特攻ですが、米軍側が機銃掃射角度を海面まで下げられるように改造したことで、日本軍の最後の切り札は一気に無力化されていったそうです。


このブログは飛行学校同期の相花信夫少尉が、出撃間際に北島さんに託した遺書を読んだ時、現代人が忘れかけている母への感謝や思いを感じたことがきっかけです。

そこには幼い頃に来た継母を、最後まで「お母さん」と呼べなかったことを後悔し、詫びている言葉が綴られていました。


  母を慕ひて

   母上お元氣ですか
   永い間本當(ほんとう)に有難うございました
   「我六歳の時より育て下されし母 継母とは言へ世の此の種の女にある如き」
   不祥事は一度たりとてなく
   慈しみ育て下されし母
   有難い母 尊い母
   俺は幸福だつた
   遂に最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺 幾度か思ひ切つて呼ばんとしたが
   何と意志薄弱な俺だつたらう
   母上お許し下さい
   さぞ淋しかつたでせう
   今こそ大聲(おおごえ)で呼ばして頂きます
   お母さんお母さんお母さんと。


これを読んだ相花少尉のご両親は号泣したそうです。

それを見ていた北島さんはかける言葉もなく、ただ立ち尽くしていました。

その後、北島さんは、この尊い犠牲と死んでいった仲間たちの思いを残そうと、戦場で無念に散っていった特攻隊の遺品集めに奔走します。

そして10年にもおよぶ歳月を費やし、遺書、写真など4,500点の遺品を集め、昭和60年に設立された知覧特攻平和会館に収めるのです。

私しはこの北島さんの記事を読み、改めて今ある日本は、戦争で亡くなった多くの人たちの犠牲の上に成り立ているのだと考えさせられました。


原爆記念日や終戦記念日だけが、戦争について語る日ではなく、この日本の歴史を後世に伝えようとしている多くの人がいること、そしてその人たちが、未来を信じ目標を持ち、前向きに生きてほしいと切に願っていることを、もう一度思い出してください。

時間があれば、知覧特攻平和会館に行って「母を慕ひて」を是非読んでみたいと思います。



知覧特攻平和会館記念碑


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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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