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迸る求道人生
洋画、水墨画、版画、陶芸等多彩な作品を全て独学で制作し、自ら「在野派」と称した中川一政(なかがわ かずまさ)。

彼は97歳という長命で亡くなったが、晩年まで創作活動を続けた。

バラを題材にした作品は判明しているだけで800点を超える。


中川一政は明治26年、東京本郷に生まれた。

父親は加賀松任出身の巡査で、彼が9歳の時に母は亡くなっている。

弟妹は郷里に預けられ、女学校に通う姉が母代わりになった。

片道3里半の道を姉は毎日歩いて女学校に通い、帰れば家事に明け暮れた。

その姉は明治38年5月1日午前2時20分に亡くなる。

この死亡時刻と姉が最期に発した「ああ、どうしよう」のひと声は、最晩年まで彼の胸から離れることはなかった。


彼がはじめて絵を描いたのは21歳の時。

ある人から油絵具一式をもらったのがきっかけだった。


そこから彼の求道人生が始まる。

彼は暗中模索していた頃のことをこう語っている。

「私はその頃、正岡子規の文章を読んだ。井戸の掻堀(かいぼり)をする。濁った水をくみ出しくみ出し、もう出なくなったと思う頃にはじめてきれいな水がわいてくるというのである」

子規の言葉はそのまま彼の血肉となった。


「志」は「士」と「心」ではなく、「之」と「心」でできた文字、というのが彼の持論だった。

「心」が「之」(行く)の意で、心が方向を持つことだという。

その持論通り、彼の創作活動は絵画のみならず、書、陶芸、文章にも独自の境地をひらいた。


95歳の誕生日のスピーチで味わい深い言葉を残している。

・人はまず最も身近にある杖をもって立つべき。
・与えられれば得をしたと思う。そうではない、損をしたことだ。
・私は余技のようなことはせぬ。本気でやれることをする。
・その思想天理にかなえば、くたびれず健康なり。

「長生きしようと努力したわけではないが、気がついたら95歳になっていた。芭蕉がその最期の時に、弟子にどれが辞世の句かと聞かれ、自分にとって一旬一旬辞世でなかった旬はない、といっているが、私もこれからの一同一日をそういうふうに送りたいと思う」


稽古をしながらの人生であってはならない。

いつも真剣勝負を挑(いど)む人生でなければ、何事も成就することはない。

自戒をもった人の一生は最後まで生気に満ち、迸(ほとばし)熱意がつたわってくる。



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今日の”ありがとう”が、明日の未来のあなたを・・・・。

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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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