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心の静まりの中にある真実 ES1
昭和20年、終戦の1ヶ月前に満州国の首都新京市(現在の中国長春市)で咲子は生まれた。

そしてその1ヶ月後にソ連が参戦し攻めて来たことから、日本への逃避行が始まる。

父(新田次郎)は、まだ仕事が残っていたため気象台に残った。


母は当時5歳の長男、2歳の次男、そして生後1ヶ月の咲子を連れて逃げることになる。

終戦後、父は捕虜収容所に送られ、母は数多くの死体が横たわる中、一人で幼い2人の兄の手を引き、生まれたばかりの咲子をリュックの中に隠して、命からがら引き揚げ船に乗り込んだという。

当然、咲子にもその時の記憶があるわけではないが、ほどけかけたリュックの隙間から見えた北極星と、引き揚げの異様な空気はなぜか鮮明に覚えていた。

リュックに入れられた咲子に「まだ生きている・・・」と母親はつぶやく毎日だったという。


母乳も出ない母は、10ヶ月間は大豆や雑草を煮た上澄みをミルク代わりに飲ませていた。

そのため栄養失調でお腹はパンパンに脹れる状態で、生後1年の赤ちゃんが逃避行のすえ、生きて日本に戻れたこと自体が奇跡であるといわれた。


引き揚げでの逃避行は、母の体を衰弱させ、帰国後は病の床に3年間臥 (ふ) すことに・・・。

死病と恐れられた肺結核を患い、子どもたちは近寄ることを許されなかった。

事情のわからない咲子は、ただただ母の温かい愛情が欲しくて、窓越しに母の様子を見ていた。


2~4歳の咲子には、母親から引き離された思いと、逃避行のトラウマや栄養失調のためか、小学校3年位まで言語障害が残ったという。


病との闘いに奇跡的に打ち勝った母は、やがてその壮絶な引き揚げ体験記『流れる星は生きている』を書き上げ、作家・藤原ていとして一歩を踏み出す。

だがそこにいたのは、咲子がずっと待ち続けてきた温かくて優しい母親の姿ではなかった。

幼子3人の命を失うことなく引き揚げという苦境を乗り越え、成功者として社会から讃 (たた) えられる母親になっていた。

そして、それは咲子の躾に現れてくる。


次に続く!



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テーマ : 子育て
ジャンル : 育児

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Re: No title
秘コメさん、こんばんは ♪

いつもコメント有難うございます。

そうでしたか。
最近は涼しくなったので、早朝散歩もあるのではないですか?
動き回れるように回復したことも、嬉しいですが・・・・
オトンは大変ですね!

ではまた!!
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■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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