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子どもに育てられる大人 ES1
若い頃、看護婦養成所を卒業し、子育てが一段落した33歳の時、保健婦学院に通い始め、翌年に刈谷保健所に就職した。

次の年、保健所に届け出があった2500グラムで生まれてきた未熟児の家庭訪問をすることになった。

その男の子は生後一か月が経っていたが、片方の目はつぶれ、もう一方の目は眼球が小さく、目脂(めやに)だらけだった。


これでは目が見えないだろうと思って心配していると、近くにいた母親から「こんな子いらんかった」と眩く声が聞こえてきた。

その赤ちゃんは愛らしい笑みを浮かべることもなければ、かすかな声を出すこともなかった。

困ったな、何とかしなければ、そう思ったのが始まりで、彼女はその家に何年も通うようになる。


夏のむせ返るような暑さの時でも、その子の部屋はガラス戸で閉め切られ、外側から錠がかけられていた。

見ると体中におできができ、布団は自分の尿と便に汚れ、グチャグチャになっていた。

役所の人からは「そんな子に構うな」と言われたが、どうしても忘れることができなかった。


その子が4歳になった時、妹が生まれて両親は娘だけを可愛がるようになり、このまま家に置いたらどうなるか気にかかりで、その子のために施設を探し回った。

しかしどこも入園希望者が多く、簡単には引き受けてくれるとこるはなかった。


休日のたびに夜行列車に乗ってあちこちの施設を回り、滋賀県のびわこ学園に頼み込んで、ようやく入園を認めてもらったのです。

ただ、知的障害と視覚障害があり、歩行も困難な子を親から離してしまったことが、果たしてよかったのだろうか、といまでも気にかかる。


子どもにとって最も大切なのは、地域に根ざして暮らすことであり、親と触れ合いながらともに育っていくことではないかと、いまは考えるからです。

障害児を持った母親は、ほとんどの方が一度は死を考えたことがあると口にする。

けれども「この子と生きよう」と覚悟をした時その母親は子によって育てられ、一人前の母親として成長するのです。


子どもは何よりも大人を育ててくれる存在であり、障害のある子などは特にそうだという。

私は、そんな葛藤を経ながらも力強く生きようとする母親たちの姿に、いつも励まされ、大きな力を貰います。

学校に通ったこともなく、遊ぶ友達もいない彼らのことを皆さんに理解してもらいたいと思い、刈谷地区心身障害児を守る会が中心になって、定期的に一日保育を始めた。

その活動が昭和48年『ひかりの家』の設立へとつながり、障害がある子の集団生活の場が出来るのです。


次に続く!



発達障害の子とハッピーに暮らすヒント―4人のわが子が教えてくれたこと
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テーマ : 障害児と共に生きる日々
ジャンル : 福祉・ボランティア

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Author:ニック
■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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