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詩に込めた 心の詩 ES2
雨情はこの詩に曲をつけてほしいと、作曲家の中山晋平を訪れます。

しかし中山晋平からは「いやに暗い詩で、読んだだけで泣き歌になってしまう」と断られるのですが、2度、3度と断られた末、雨情は「このように曲をつけてください」と、自作の詩を「雨情節」といわれる独特の節回しでしみじみと歌い上げた。

中山晋平は胸を打たれ、腰に下げてあった手拭いをぱっと手に取ると、そこに五線譜を書き取り、そのメモを元に『船頭小唄』を書き上げた。


魂と魂をぶつけ合った2人は、親友を超えた友となり、以後200曲もの童謡をともに作り上げていくのです。


『船頭小唄』は大流行歌となった。

しかし、関東大震災が起こった折に「あんな退廃的な歌を作ったから大地震が起きたんだ」と雨情はマスコミから非難されます。

しかし民衆たち自身の力でこの歌を歌い上げ、『船頭小唄』は新たな社会を創っていくのです。

そこで初めて雨情は自分の鎧 (よろい) をすべて脱ぎ捨て、"民衆の詩人"として生きていこうと決意するのです。

雨情は日本を住みよい国にしたい、また生きる力を童謡を通して皆に与えたいという願いを心底に持っていた。


雨情の人柄を最もよく表した詩に『捨てた葱 (ねぎ) 』がある。

「葱を捨てたりや/しをれて枯れた/捨てりや葱でも/しをれて枯れる/お天道さま見て/おら泣いた」。

葱は強い炎天下で植え付けを行うが、しっかりと根がつく。

しかしそんな強い葱ですら、捨ててしまえば萎 (しお) れて枯れてしまう。


当人が望んだわけではないのに、人生には不幸な事態を課せられてしまうことがある。

だからといって見捨ててしまえば、本当にその人は消えてなくなってしまうかもしれない。

だからこそ自分はそういう人々に愛を注ぐのだ。

日常の情景に悲哀を感じて人々に思いを馳 (は) せ、お天道様を見ながら涙している雨情がそこにいたのです。


雨情の詩は、人生経験を積むたびに味わいを増していくものだという。

日本人の心の故郷といえる童謡の素晴らしさを、雨情の詩に込められた人の優しさや美しさを、これからも語り続けていかなければならない。






一日も早い、復旧と復興を心より願っています。

今日も一日 ありがとうと感謝の心でお過ごしください。

このブログを最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


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テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

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(非公開コメント受付中)

No title
こんにちは。
野口雨情さんの詩は、寂しいイメージがありましたが、
深く意味を考える事によって、見えてくるすばらしいものがあるのだなぁと、
感激しました。

心の。人や自然の優しさや温かさ、そして美しさを謳っているのですね。
No title
こんばんは!

野口雨情は太平洋戦争の戦禍を逃れる為に私の住んでいる市に晩年移り住み、永眠された住居が今でも保存されています。裏山に登りその頂上から市街の様子を唄った
「あの町 この町」が今でも碑として残されています。

しかし、「船頭小唄」を作っただけで、震災が起こったなどというのは随分酷い言いがかりですね(^^ゞ
しかし、逆にそれだけ雨情の名が、全国に轟いていた証拠であり、彼の影響力は多大であったんですね。

応援凸
Re: No title
ひいちさん、こんばんは ♪

いつもコメント有難うございます。

> こんにちは。
> 野口雨情さんの詩は、寂しいイメージがありましたが、
> 深く意味を考える事によって、見えてくるすばらしいものがあるのだなぁと、
> 感激しました。

私も同じように思いました。どんな人でも一生懸命生きてきた証が人生に反映され、物事も成就するようです。雨情の人生も中山晋平と出会ったことにより大きく変わっていきます。
人との出会いは人生を根底から覆すほど大きく、素晴らしいものだと思います。
>
> 心の。人や自然の優しさや温かさ、そして美しさを謳っているのですね。

雨情の人生をひも解いてみると、いままで見えていないことが見え考えさせられています。
志を高く掲げて生きた人ほど後世に訴えるものが強いように思います。

ではまた、お邪魔いたします!!
Re: No title
ぴーちさん、こんばんは ♪

いつもコメント有難うございます。

> こんばんは!
>
> 野口雨情は太平洋戦争の戦禍を逃れる為に私の住んでいる市に晩年移り住み、永眠された住居が今でも保存されています。裏山に登りその頂上から市街の様子を唄った
> 「あの町 この町」が今でも碑として残されています。

雨情の詩に多く出会った経験が今まであまりなかったので、今回は私も勉強させていただきました。
生家は北茨城市磯原町ですよね。茨城出身の有名人は多くいますね。
>
> しかし、「船頭小唄」を作っただけで、震災が起こったなどというのは随分酷い言いがかりですね(^^ゞ
> しかし、逆にそれだけ雨情の名が、全国に轟いていた証拠であり、彼の影響力は多大であったんですね。

この歌、たしかに暗い雰囲気が漂っていますね。
しかしこの歌が、後の野口雨情の世界を創っていくことを民衆のみが知っていたようです。
>
> 応援凸

では後ほど、お伺いさせていただきます!!
No title
v-22ニックさん、こんばんは。
しゃぼんだま・・・この歌は東北地方の人減らしの歌なんだと大学の時、研究室で聞いて「おそろし~」と思ったのを覚えていますが、全然違ってますね。
心のこもった歌だったんですね。
安心しました。
Re: No title
フローレンスさん、こんばんは ♪

いつもコメント有難うございます。

> v-22ニックさん、こんばんは。
> しゃぼんだま・・・この歌は東北地方の人減らしの歌なんだと大学の時、研究室で聞いて「おそろし~」と思ったのを覚えていますが、全然違ってますね。
> 心のこもった歌だったんですね。
> 安心しました。

フローレンスさんの「人減らしの歌」という言葉で思わず笑ってしまいました。
その発想どこからきたのでしょうね!野口雨情も笑いこけていると思います。
実は、私もこのブログを書くまではこのエピソードは知りませんでした。
奥の深い詩のようです。

ではまた、お邪魔いたします!!
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Author:ニック
■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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