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天が与えた真実 ES2
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妻の入院中から、首や肩の凝りを感じるようになり、ワープロの打ちすぎかとも思い、マッサージに通ったりもしてみましたが効果は無かった。


平成10年元日、兄に半ば強引に大学病院へ連れて行かれ、脳神経外科の先生から、前頭部の右側におできのようなものがあると説明を受けた。

その日からまた、中田さんの入院生活が始まるのです。

「今年こそ家族皆が元気でありますように」という願いは元日から打ち砕かれ、実家で帰りを待っている家族がどれだけショックを受けるかと思うと、涙が止まらなかった。


すぐに開頭手術が行われ、麻酔から目覚めた時、左半身がまったく動かないことに気づく。

家族は、左半身、特に左足は動かないかもしれないと医師から告げられていたが、その後奇跡的なことが次々と起こり、後遺障害は全くといってよいほど無くなくなるのです。


そんなある日、血液内科で主治医をしていた先生から「前の病気が再発したので病棟を移ってほしい」と告げられる。

再発という言葉は、彼にとっては大きな衝撃で、今回退院できたとしても、また再発するかもしれないという不安と恐怖は、頭から離れなかった。

入院生活が長くなるにつれ、病棟内で親しくなる人も増え、自分と同じ症状、同じ治療、同じ薬を使っている人で自分の病名を知っている人がいた。

そしてそのとき、自分が急性骨髄性臼血病であることを知るのです。

治療の効果が出て、その年の7月には退院することができた。

入院中にとても親しくしていた人が6人いたが、生きて退院できたのは彼だけだった。

あとどれくらい自分の寿命があるのかは分からないけれども、一日一日を一所懸命に生きていこう、そう自分に言い聞かせていた。


退院して一か月たった9月7日午前5時頃のことだった。

ふと目を覚ますと、右目がまったく見えなくなっていた。

救急外来で診察を受けると、眼底に大量出血が認められ、視神経が通常の3倍に膨れ上がり血管を圧迫、血管が破裂して出血、それが目が見えなくなった直接の原因だと知らされた。


そして1回目の放射線治療を終えた夜9時頃に寝て、午前零時を過ぎた頃、ふと目を覚ましたら、目を開けているのに何も見えない。

「まさか」手探りで妻を探し、「目が見えないんだ」と叫んでいた。

放射線治療を繰り返したが効果はなく、全盲となり10月に退院することになるのです。

白血病の発症、妻の病気、脳腫瘍、白血病の再発、失明と、まさに一寸先は闇だった。


次に続く!


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Author:ニック
■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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