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10人の黒い十字架 ES2
旭岳2
昭和38年元日、一人の大学生が救いを求めて旭岳から下山、彼の名は野呂幸司(のろ・こうじ)さん、当時24歳だった。

11人中10人が命を落とし、道内史上最悪となった山岳事故唯一の生還者であり、リーダーであった。


一命を取り留めた彼は、入院から1か月後の2月11日、骨が見え、完全にミイラ化していた両足先の切断を医師から言い渡される。

手術後、包帯を巻いたままベッドから下りて立とうとした瞬間、ドスンと床に倒れ込み、その時にあらためて、ああ、俺には足がなくなったんだと目の前が真っ暗になったという。

しかし、自分は両足を切断した程度で助かったんだ、足を切ったこの日からが自分の人生だと気持ちを切り替え、過去は振り向かないと決めた。


あいつは足がないからダメなんだ、障害者だから仕方がない、などとは一切言われたくない思いで全部自分でやってやろうと思った。

歩くこともままならない中、自転車に乗り始め、次の冬が来ると、ゲレンデヘ行ってスキーも再開した。

毎週日曜になると、自宅からバスを乗り継ぎ、重いスキー具を担ぎながらスキー場まで必死に歩き、義足の中を血まみれにしながら必死に練習に励む。

そうしてどんなに練習をしても、健常者以上にはなれないが、健常者の一番後ろの人間にぴったりついていくことならできるだろう、とそれだけを目標に生きてきたという。


7月末日に退院、一日も早い就職を目指し、9月には中学の教員採用試験に書類応募するも、自宅に届いたのは「両足欠損のため原則として採用不可」というたった一枚の葉書だった。

こちらの障害の程度も見ずに何事だ、と道の教育委員会に掛け合って身体審査を受け、試験官の前で実際に走ったり、跳ねたり、腕立て伏せをしてみせ、函館市の中学校に見事採用されるのです。

その後は転職し、自分の能力で勝負できる保険業界に飛び込んだり、知人との共同経営では手形の不渡りから三億円の負債を抱え込むも8年で完済、といばらの道を歩んでいる。


あの遭難事故があって約1年後のことでした。

遺族の一人から、当時の息子たちの死に際を聞きたいと野呂さんに依頼があったのです。

「体力のない息子をなぜ合宿に誘った?」「リーダーとしての判断が甘かったから犠牲になったんだ」

返す言葉もなく彼は深々と頭を下げ続けていることしかできなかった。


すると、もうこのあたりで十分でしょうと遺族に一人が声をかけ、続けてこう言ったのです。

「野呂君。亡くなった息子たちのためにもあなたには頑張ってもらわなければ困りますよ。あなたと一緒に山へ行った仲間たちも、皆『野呂さん、頑張ってくれよ』と思っているのだから」

私があの計画をしなければ、誰も山へ行かなかった。私が山へ行こうと誘わなければ、皆変わらずに生きていた。


この時に、彼は死んでいった10人の黒い十字架を背負っているのだと自覚し、これからは10人の御霊を背負い、11人分の生き方をしなければならないと心に誓った。

それが死んでいった仲間に対する唯一の償いであるのだと胸に刻んだ。


次に続く!


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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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