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父を超えるもの ES2
温泉宿の建設にあたっては、道がないためトラックを乗り入れることもできず、建設資材はすべて自分たちで背負い、10Kmもある獣道(けものみち)をかき分けて運び込む作業だった。

十勝岳温泉・凌雲閣
特に苦しかったのは、重さ50Kgもあるセメント袋を背負って運んだ時だった。

背中のセメントは、重みで次第に腰のあたりまでずり下がり、四つん這いになりながらようやく運び上げると、その場にへたり込んでしばらく動くこともできなかった。


そんななか、地元上富良野駐屯地の自衛隊隊長・山崎氏との出会いが転機となる。

父の噂を聞いて興味を持った山崎氏が温泉を訪れ、父の努力に感銘を受け、温泉宿までの道路の整備を、自衛隊員の訓練の一環として引き受けてくれたことで、昭和37年7月ついに凌雲閣は開業にこぎつけることができた。


「私はこの温泉宿を『凌雲閣』、雲を凌(しの)ぐ宿と名づけました。きょう、ここから始まる新たな一歩は、観光地・上富良野町の第一歩であります」と、関係者に挨拶をする久左エ門さんの誇らしげな顔は、いまでも決して忘れないと會田さんはいう。

しかし、その運営は並大抵のことではなく、特に苦労したのが、安政火口から風呂場まで敷設した配管の維持管理だったという。

配管は、夏の豪雨や冬の雪崩で幾度も流され、その度に夜を徹して札幌まで配管の調達に走り、補修作業をした。

3mもの積雪に見舞われる冬は、雪を掘り、懐中電灯の微かな明かりを頼りに破損箇所を探す、風の音が雪の中では大きく響き、穴が塞がるのではと錯覚し、慌てて這い出てはまた作業に戻る、そんな命がけの毎日だった。


そんな日々、開業から12年後の昭和49年の暮れ、久左エ門さんは倒れます。

正月のお客様に備えて湯元を確認するため吹雪の中を出て行き、火口付近で倒れそのまま帰らぬ人となった。

まさに夢に向かって走り続けた69年の人生だった。

亡くなる少し前、久左エ門さんが描き残した一枚の絵があった。

安政火口近くで眠るアイヌの若者、その頭上を舞う美しい天女、久左エ門さんは奇しくも、自ら描いた場所で倒れていた。

生前からの希望に沿い、遺灰は十勝岳に撒(ま)いた。

十勝岳温泉1
子どもの頃からよく問題を起こし、両親を困らせてきた自分が、父の夢を継いできょうまでこの凌雲閣の経営に携わるなど、思いもよらないことだった。

父の夢につき合ううち、いつしかそれは私自身の夢となり、凌雲閣は私の人生そのものになったという。


お客様に恵まれ、おかげさまでこの過酷な環境の中、病に倒れたこともありましたが、きょうまで無事運営し続けることができたのも、父の一念に守られているからと感謝の念で語る會田さん。

「新しい湯を掘り当て、いまよりも大きな露天風呂を皆さんに楽しんでいただきたい」と、父が志したことと同じことを夢に抱きつつ、會田さんの人生は父を超えるべく再スタートをしている。


今日も一日 ありがとうと感謝の心でお過ごしください。

このブログを最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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