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聞こえない音を求めて ES1
高熱と右足の激しい痛みが続き、骨髄炎と診断された。

手術は成功したが高熱が原因だったのか、それとも薬の副作用からか、それまで普通に聞こえていた両耳は7歳にして聞こえなくなった。

聾(ろう)学校に転校し、生まれつき耳の聞こえない子供たちに交じって、ゼロから勉強を始める。

もともと手先は器用な方で、中学部になると将来は木工の道を志すようになり、高等部、さらに専攻科で木工技術を学んだ後、地元の家具メーカーに就職。

この頃聴覚障害者自立のための運動に熱心に取り組んだことが縁で、33歳の時、聴覚障害者相談員として福岡市役所に就職します。

17biwa[1]
筑前琵琶との出合いは、福岡市博多区役所に配属になった3年後、近くの和楽器店のウインドに飾られた筑前琵琶の模型を目にして、そのあまりの曲線美に惹かれたことだった。

長い間、木工に親しんでいた彼には、いくつかの小さい鉋(かんな)を用いれば、このような曲線美が出せることを体験として知っていた。

それだけに「自分の手で琵琶を作りたい」という思いは日に日に高まっていった同じ頃、一つの新聞記事が目に留まる。

それは、筑前琵琶の継承者不足を伝える内容で、そこに中村旭園(きょくえん)のコメントが紹介されていた。


中村先生が隣の中央区に住んでいることが分かると、矢も楯もたまらず訪ね、「私にできることはありませんか」と自分の思いを正直に伝えた。

幸いに先生は彼の気持ちを汲み取り、実際の琵琶の図面や制作過程が書かれた本のことを彼に教えた。

すぐさま本を入手するとともに、先生の助言により骨董品店で古い琵琶を購入、腹板を剥がしながら丹念に構造を研究し、それを参考に自己流で制作に当たるのです。


休日を利用しての作業、一つの琵琶の形が出来上がり、さらによい音色を出すために3か月、4か月と乾燥させるための歳月は流れていく。

最終段階では腹板を張って音の出具合を確かめるのですが、彼にはその音の確認はできない。

思い切って作品を手に中村旭園のもとを訪ねた。

「これは琵琶の音ではありません」。

自分で作った筑前琵琶を持参した彼に、中村旭園は筆談でそう伝えた。

別の自作の琵琶を持参して再び訪ねた時も同じことを言われ、3度目には「あなたは耳が聞こえないので、琵琶の音は出せません」と言われた時には、制作を始めて10年の歳月が流れていた。


次に続く!


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テーマ : 工芸
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:ニック
■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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