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10人の黒い十字架 ES1
旭岳3
昭和13年、南樺太に生まれた彼は、馬具商を営む父のもとで、女中が大勢いる裕福な家庭に育つも、彼が7歳の時にソビエトが侵攻、一家は日本への引き揚げを余儀なくされた。

生活が一変し、待っていたのは八畳一間で、家族7人は肩を寄せ合っての暮らしでした。

父親の仕事で、小学校時代は6回転校を経験し、子どもの頃はひどく病弱で、体の発育も遅かったが、そんな息子を山菜採りに連れて行き、一所懸命応援してくれたのが母親だった。


中学生からは体の大きな連中にも負けないようにと、自分で体を鍛えることにし、毎日ひたすら走り込み、腕立て伏せに腹筋、スクワットと、とにかく鍛えて鍛えて鍛え抜いた。

そうやって母と山菜採りに出掛けているうちに山が好きになり、高校の入学式の後、行われていたクラブ勧誘で、体育館の窓からロープを垂らし、勇ましく体を揺らす姿を見て、よし、山岳部に入ろうと決意したのです。


市立函館東高校山岳部は、大学パーティーでも完全縦走していない連山の縦走に成功し、大手新聞社のスポンサーが付くほどの高いレベルを備えていた。

彼は1年の時から先輩たちのパーティーに参加し、部長を務めた3年生では日高山脈縦走を3年計画で完全踏破する。

高校時代から実力は抜きんでていた。


そんな連中がピクニックレベルの活動をしていた北海道学芸大学函館分校山岳部に進学し、下級生だけで独自の山行計画を立て、部の改革を図っていく。

登山日数が年間200日を超えた年もあり、4年間まさに登山漬けの日々、そしてこれまでの集大成として旭岳の登山計画を立てるのです。

成功させれば山岳部創設以来の快挙となり、部を世間に知らしめるチャンスだと、11月に新聞記者発表も行った。


出発は昭和37年12月26日。

参加メンバー11名はA班とB班の二手に分かれ、自雲岳で合流して訓練をする計画だった。

ところが予期せぬことが起き、そこから計画はもろくも崩れていく。


26日に合流予定だったA班の到着が、天候の悪化により一日遅れてしまったことで、その一日のずれが、運命の一日になっていった。

12月30日夜、猛吹雪を避けるために掘った雪洞の天井が吹き飛ばされ、全員が真っ暗闇に放り出される。

下から突風がビューッと吹き上げてくる中、「烏が飛んでる、鳥が飛んでる」とうわ言を言い出す者、「お母さーん、お母さーん」「じょうじ、じょうじー」と、弟と母親の名前を呼びながらものを言わなくなった者…… 。

次々に倒れていく仲間にストックで目印をつけていきながら、一刻も早く山を下り、なんとか彼らを助けなければならない、とそればかりを考えていた。


死者10名を出し、史上最大級の山岳事故といわれた北海道学芸大学函館分校山岳部の旭岳遭難から48年が過ぎた。

次に続く!


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Author:ニック
■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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