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一生に学ぶこと ES2
帰宅して怒りに身を震わせていた百合でしたが、夫が帰ってくると堰(せき)を切ったように涙が溢れ出てきた。

しかし夫から「君はこの子の父親が誰かということをはっきり言い返せるじゃないか。それができない盲女性が世の中にどれだけいることか。そういう人たちのことを考えてみたことがあるかね」と諭される。

そして「盲人のレベルがもっと高くならなければダメだ。そのためにはまず自分たちが教養を高めなくてはならない」と考え直します。


2年後、東京女子大学が設立されることを知った百合は、その建学の理念に共鳴し、第一期生として入学を志しますが、百合にはすでに長女が生まれており、さらに盲人で女性ともなれば、合格の可能性は皆無に近い状態だった。

無謀ともいえる百合の望みに大学の面接官は「結婚している盲目の女に何の勉強ができるか」ときつい言葉を浴びせる。


しかし百合は怯まず「盲女性の地位を高めるためには高等教育を受けなければならないのです」と訴え、特別生として入学を許可されるのです。

合格通知が届いた時、百合は声をあげて泣いたといいます。


そして百合はさらに学問に励み、自らを磨き続け、45歳になった昭和10年、百合は盲女性たちの社会教育を行うため、自宅の近くに「陽光会ホーム」を設立します。

入寮希望者は家庭から落ちこぼれた生活能力のない男女ばかりだった。

百合は「盲女性=按摩」という既成の概念を完全に否定し、彼女らを自立させ、経済力を持たせるために、料理や裁縫、お琴などの指導をするのです。


盲学校ですら按摩だけを教えていた中、百合の試みはずいぶん先進的なもので、20人余りいた盲女性たちに百合が繰り返し訴えたのは「普通の女として生きなさい」ということだった。

これまで家の中に閉じ込められ、邪魔者扱いをされてきた彼女たちに、「自分は役立たずの人間だ」「私なんて半人間だ」と思い込んでいるが「そうじゃないんだ、一人の人間としてありのままに生きよう」と繰り返しいいながら、意識改革をしていくのです。

料理や裁縫などの技術を教えるよりも、そうやって一人ひとりの精神を解放していくことは、当時としては想像を絶する大変さがあったのだと思う。


百合は一人ひとりの個性を見極め、それぞれに活動の場を与えようとし、危険を承知で外歩きも一人でさせ、講演会や音楽会にも行くように勧めた。

また、陽光会の主な活動であり、その資金源となったのは、点字雑誌『点字倶楽部』の発行で、百合らは60ページに及ぶ誌面の中に、社会情勢や論評、俳句・和歌など、一般の雑誌に載っているような情報をどんどん盛り込み、飛躍的に部数を伸ばしていく。

『点字倶楽部』は読み物に飢えていた盲人たちの情報源になっただけではなく、陽光会のメンバーにも自分のする仕事が多くの人の楽しみとなり、皆の役に立っているのだという自信と誇りを持たせることにも繋がった。

陽光会ではこの他、上京してきた盲人に宿泊施設として利用してもらったり、鍼灸で外来の治療なども行い、百合は失明者の身の上相談にも丁寧に応じ、相談者はあとを絶たなかったという。

次に続く!



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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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