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一生に学ぶこと ES3
昭和12年、百合は盲女性の社会的地位向上を目指し、「盲女子高等学園」の設立に向けて動きだします。

百合は資金集めのためにチャリティ音楽会を開催し、ヘレン・ケラー女史の訪日に合わせて、当会に招く約束を取りつけるのですが、講演が開催される直前になって、ヘレン・ケラー歓迎委員会という日本の組織から「出演は五分間に限る」という通知が百合の元に届きます。

さらに、チャリティで得たお金を全額納税するように、とも言い渡された。


百合は結局資金を一銭も手に入れることができず、学校設立の夢は無残にも崩れ去るのです。

弱者を一番後回しにし、それを何とも思わない国家の卑劣なやり方は、百合の人生の中で最大ともいえる挫折体験だったといいます。


昭和19年、戦火が激しくなると、防空訓練にも参加できない陽光会の存在が問題となり、警察は会の閉鎖か疎開を迫ってきた。

身寄りのある子は故郷に引き取ってもらったものの、百合はどこにも行き場のない全盲の女性4人を連れて、静岡県浜北市(現・浜松市浜北区)の神社に疎開をする。

県道からいきなり72段の急な階段があり、そこを上りきった所にある社務所を借りて生活を始める。

火を焚こうにも薪がなく、落ち葉を拾うためには山の斜面をあとずさりして下り、食べ物もなく、水もちょろちょろ出るだけという、何もない場所での生活だった。


絶望的ともいえる状況の中で百合らを救ったのは、自分たちが身につけた「技術」でした。

彼女らは村に残されていた老人たちに、按摩と鍼灸の治療を施し、代わりに治療代や食糧を受け取ったのです。

言い換えればそれは彼女たちの経済力とも呼べるものでしたが、その間の苦労により百合は、50代半ばだったにもかかわらず、髪の毛が真っ白になってしまったといいます。


さらに息子の武彦が戦死し、夫の武弥までが不慮の事故で亡くなります。

百合は一人、廃屋のようになった陽光会へと帰って来るのですが、昭和22年、長女美和らに見守られながら、55歳の年齢で静かに息をひきとります。

次に続く!



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■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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