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一生に学ぶこと ES1
3歳で失明をしながらも盲女性の教育・地位向上に尽力した人物として、どんな女性史を見ても必ず名前の出てくる人、斎藤百合(さいとう・ゆり)さんの話です。


百合はいまから80年前にこんな言葉を残している。

「その国の弱者がどう扱われているかによって、その国の文化の程度を計ることができる」と。

全盲の身でありながら、盲女性の教育・福祉に尽力し、彼女らの社会参加の道を切り開き「目が見えなくとも、女性としてあるがままに生きていける社会を」と願い、自分の心を磨き一生後進の指導にあたった。


斎藤百合は明治24年、愛知県豊橋在に、浪曲師・野口浪太郎の二女として生まれる。

当時の盲女性を取り巻く社会の環境は実に劣悪なものだった。

劣勢の遺伝子を持つと見なされた彼女らは結婚を許されず、一人の女性としての扱いも受けられない。


生計を立てる唯一の道だった按摩の仕事は、密室で行われるために危険が多く、たとえ妊娠をしても親を確かめる術(すべ)すらない、そんなことが実際にしばしば起きていた。

そうした中、百合は3歳の時に、はしか後の栄養不良が原因で失明をする。

父親は娘の行く末を案じ、百合を井戸へ突き落として後を追うことを考えたという。


やがて10歳になった百合は、岐阜聖公会訓盲院の森巻耳(けんじ)院長の勧めによって、同院に預けられた。

両親はその後二度と百合の前に姿を見せることはなかったが、人なつこく利発だった彼女の天性はここで花開いていきます。


彼女の才覚を見抜いた森院長は、百合に特別に英語を指導し、彼女も懸命に教えを請うたといいます。

訓盲院を優秀な成績で卒業した百合は母校に残り、代用教員となり、外国文学や讃美歌の他、8冊もの英和辞典を点字で転写するなど、百合には学問に対する燃えたぎるような情熱があり、凄まじい勉強ぶりを見せた。

森院長はそんな百合に訓盲院の将来を託そうと考え、東京盲学校師範科に彼女を派遣生として入学させます。

しかし、その学校で百合は弱視の青年・斎藤武弥と出会って将来を誓い合い院長の期待とは裏腹に東京で結婚をするのです。


医師となった夫・武弥との新婚生活を満喫していた百合は25歳の時、初めての子を授かります。

出産を間近に控え、自分は人並みの生活をしていると思い込んでいた百合でしたが、ある日銭湯に通う道中で衝撃的な事件が起こるのです。

向こうのほうから近づいてきた男が、こんな言葉で百合をからかった。


「按摩さん、それ誰の子だえ?どこで拾ったんだえ?」盲女性は結婚もしてはいけないといわれていた時代の中、百合は自らの意思で愛する人を夫に選んだ。

しかし彼女を取り巻く社会の状況は、何ら変わりのないものだった。

次に続く!


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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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