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いま甦るこだま ES1
     遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。

     「馬鹿」っていうと「馬鹿」って言う。
 
     ・・・・・・・・・・

最近耳にするこの詩、実は80年以上も前に作られている。

これだけ脚光を浴びるとは、当の本人も想像していなかった
だろう。

ACジャパンのCMで流れているこの詩「こだまでしょうか」
は、あの西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛され
た金子みすゞの詩である。


昭和5年、26歳という若さで世を去った童謡詩人がいた。

山口県大津郡仙崎 (せんざき) 村(現・長門市仙崎)の地で生まれ育った金子みすゞは、郡立大津高等女学(現・山口県立大津高等学校)を卒業している。

成績は優秀で、おとなしい性格、読書が好きでだれにでも優しい人であった。


父は庄之助といい下関の書店・上山文英堂の清国営口支店長だったが、1906年みすゞが3歳のときに清国で不慮の死をとげている。

みすゞは幼くして母の妹(叔母)の嫁ぎ先である上山家に養子に出され、叔母の死後、上山松蔵とみすゞの母が再婚したこともあり下関に移り住んでいる。

1926年(大正15年)、みすゞは叔父松蔵の経営する上山文英堂の番頭格の男性と23歳で結婚し、娘を1人もうける。

しかし、夫はみすゞの正祐(実弟)との不仲から、次第に叔父に冷遇されるようになり、女性問題を原因に上山文英堂を追われていく。

みすゞは夫に従ったものの、自暴自棄になった夫の放蕩無頼 (ほうとうぶらい) は収まらず、後ろめたさからかみすゞに詩の投稿、詩人仲間との文通を禁じた。

さらにみすゞに淋病を感染させるなどした事から1930年(昭和5年)2月に離婚。

最期は親権を楯に一人娘を奪おうとした夫に抗するため、同年3月10日、みすゞは娘を自分の母に託すことを懇願する遺書を遺し、26年の短い生涯を服毒自殺という形で閉じている。

次に続く!



わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集
わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集金子 みすゞ 矢崎 節夫

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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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