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時代のカリスマ
あのアラン・ドロンの声優でもあり、私にとっては深夜ラジオ放送「パックイン・ミュージック」のDJだった、俳優で演出家の野沢那智(のざわ・なち、本名・那智=やすとも 72歳)さんが30日、肺がんのため東京都内の病院で亡くなった。

大学中退後、複数の劇団を経て劇団「薔薇座」を結成し、演出家、俳優として活躍、女優戸田恵子さんら後進の育成にも熱心で、俳優養成校「パフォーミング・アート・センター」を設立、代表を務めていた。


声優としては昭和40年から放送のスパイドラマ「0011ナポレオン・ソロ」の軽妙な吹き替えで一躍人気になり、あのアラン・ドロンの声優としては、後にも先にも彼の声を超える人は出ないと思う。

1967年7月(昭和42年)TBSラジオより、深夜という新しい時間帯への本格的な第一歩として、日産パックイン・ミュージックは始まった。


このパックイン・ミュージックは、深夜のラジオ放送の先駆けとして登場し、この年にはニッポン放送の看板番組「オールナイトニッポン」が、翌年には文化放送の「セイ!ヤング」が時を同じくして登場している。

どの放送も個性があり、各曜日を担当するパーソナリティーには層々たるメンバーが起用されていたのを思い出す。

当時の木曜パックは、無名であった野沢那智(当時29歳)と少し年下の白石冬美が、3ヶ月の契約で始めた。

最初の放送では、あまりにもお粗末な内容に自己嫌悪におちいり、TBS前の屋台で飲み明かしたと彼は言っている


この木曜パックは何と言っても、終始一貫したコーナー「御題拝借」であったと思う。

野沢那智の天性の話術で読み上げ、白石冬美の絶妙とも言える相づちやボケが、15年間絶大な人気を博し、人気番組として君臨し続けた理由だと思う。

木曜日の深夜「なちちゃこ」コンビで、他の曜日のDJが交代していく中、15年間ずっとこの二人が続けられたことは、熱心な聴取者に支持されたことが大きかった。

当時は学生運動が盛んになり、私も大学受験の勉強でラジオの深夜放送が生活の一部になっていた。

ラジオ放送から聞こえてくる野沢那智が読み上げる同世代の悩みを聞いていると、眠気が覚めて思わず聞き入ってしまう程、彼の声には説得力があり、今でもあの声を忘れない。

時代の変化に対応した企画番組が出る中で、今後15年間続く番組が出ることはないだろう。

その意味では、野沢那智さんはカリスマであり、私の人生の一部であったといえる。

心より ご冥福をお祈りいたします。



今日も一日 笑って笑顔でお過ごしください。

このブログを最後まで読んで頂き、ありがとうございました。



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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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