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命と命の呼応 ES1
ともに明治に生まれ、その生涯を教育に捧げた東井義雄と徳永康起。

徳永康起(とくながやすき)は明治45年熊本県に生まれる。

昭和7年熊本師範学校卒業後、教職の道へ進む。

昭和22年に36歳の若さで熊本県下最年少の校長に昇格するも、教育は自らが教壇に立って生徒とともに歩くことがその本分ではないか、校長職では自分の志とは違うのではないかと、自問自答した後、5年後に自ら降格願を出し、生涯一教師の立場を貫いた。

森信三を人生の師と仰ぎ、昭和46年自ら退職願を郵送し、教壇を去っている。

森信三師の影響で始めた複写ハガキは、生涯で2万3千通にも及び、ハガキ道伝道者・坂田道信にその手ほどきをした人物としても知られている。


徳永の指導方法の一つに日記がある。

生徒には毎日日記を書かせ提出させている。

一学期が始まってすぐ、母親の着物の切れ端を持ってくるように告げた。

当時は、着物の切れ端はどの家庭にもあったが、それを厚紙に貼って表紙にし、綴り紐で綴じて、何でもいいから毎日日記を書きなさいと言った。

子どもたちは毎朝学校に来たら、まず彼の机に日記を提出する。

50人分の日記は彼が昼休みに目を通して、赤ペンでコメントを書いて子どもたちに渡す。


徳永は昼食を食べなかったことでも知られているが、そこにはこんなエピソ-ドがある。

若い頃、お昼休みに教室で弁当を食べていたら、数人の子どもたちがさっといなくなった。

なんだろうと思って、ひょいと窓の外を見ると、その子どもたちが校庭で遊んでいた。

その子たちは貧しくて弁当を持ってくることが出来なかった。

徳永はそれを見て大変ショックを受け、自分は弁当なんか食べている場合ではない、あの子たちに弁当の時間よりも楽しい時間をつくってやろうと、ご自分も昼食をとるのをやめて、子どもたちといっしょに遊んだ。

それが習慣となって、昼食をとらない生活になった。

冬場の昼休み、他の先生などは職員室のストーブの周りで談笑していても、徳永は一人ひとりの日記に目を通し、コメントを書いていた。

一人寒い教室の中で五十人分の日記に丁寧にコメントを書いていると、いつも手が赤インクで真っ赤だったという。


次に続く!


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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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