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チャールズ・チャップリンに捧げた一生 ES1
喜劇王として名高いチャールズ・チャップリンの秘書は日本人だったという話は、映画ファンの中では誰もが知る事実のようですが、私は知らなかった。

その秘書の名は高野虎市(とらいち)。


高野虎市は明治18(1885)年、広島で生まれている。

明治・大正時代にアメリカに移住した3分の1の人が広島出身といわれるほど、当時の広島は移民となる人の多い県であり、高野も15歳の時アメリカに渡る。

当時の仕事といえば、日本人街で日本人相手の料理屋や散髪屋、ドライクリーニングなどの店をやるのが普通だった。

しかし高野は「俺は白人社会の中で対等に生きていく」と懸命に英語を習得する。


白人社長の運転手をしたり、シアトルの大きな駅でポーターのマネジメントをしたりと、これまでの人の発想にはなかったことをやり始める。

ジャイルズ・ケロッグという石油会社の副社長の運転手をしていたこともあったが、その副社長が急死。

高野は次なる職を探していたちょうどその時、運転手を探していたのがチャールズ・チャップリンその人だった。


当時のチャップリンは映画作りにしか興味のない人だった。

しかも貧乏人の出身なので、お金は極力使わない。

すでに大スターの地位は確立していたものの、質素なホテル住まいをしていた。

高野が訪ねていったのも、チャップリンが定宿(じょうやど)にしていたそんなホテルだった。


どんな面接が待ち受けているのかと思っていると、チャップリンからは「君は運転ができるんだって?」と一言。

高野が「YES」と答えると「すごいね、僕はできないよ、君はかっこいいねえ」で終わり、彼の国籍も何も問わなかったという。

そして「運転ができる」という能力だけで、公平無私に彼を即採用した。


以来、高野は18年間チャップリンに仕えることになる。

そしていつしか身の回りのすべてを担う秘書という立場となる。

チャップリンは高野の働きぶりを見て、17人いた使用人をすべて日本人にしたという。

高野には「チャールズ・チャップリン」というサインをする権利も与え、その信頼は上司と部下の関係を超えたものがあったという。


次に続く!



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■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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