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苦しみの本質 2
アルムスタファは次に苦しみの本質について言及する。

「苦しみの多くは自ら選んだもの」だという。

私たちは苦しみに遭遇した時、それは自分の意に添わず、突然誰かから勝手にもたらされたもの、誰かによって苦しめられていると考えてしまいがちです。

しかし、アルムスタファは、苦しみは自分で選んだものと説いている。


多くの人たちは自分の中に病んだ部分があっても、それを当たり前と受け止めてしまう。

その時、心の中の深い叡智は、それを癒やそうと動き出す。

心が重篤(じゅうとく)な状況に陥る前に、正常な状態に早く戻ってくれるようにと働いてくれるその愛の機能が、苦しみという形になってしまうのです。

「うちなる薬師が、病んでいる自分を・・・・・そしてその薬を沈黙と静穏のうちに飲みほしなさい」という一節は、そのことをいっている。

私たちは苦しみに出合うと、絶望を抱いたり、もう駄目だと落ち込んだり、時には最悪の状況を考えたりする。

しかし、大切なのは苦い薬を沈黙と静穏のうちに飲みほすこと、つまり自分の中にある叡智を信じて、苦しみを静かに受け入れることなのです。

そのことによって人間は自分の殻を破り、一回り大きく成長を遂げることができる。


人間の叡智は、よいこと、悪いことにかかわりなく、その人の深い思いを尊重して、それが実現するように働いてくれる。

深い感謝や愛、喜びの思いはやがて現実のものとなって目の前に現れてくる。

反対に心がいつまでもマイナスの思いで満ちていたら、叡智はその方向に動いてしまう。


であれば、物事は努めて明るくプラスの方向に考えなくてはいけない。


苦しみは外側から襲ってくるのではなく、心の中の薬師、叡智が私たちの心の病を癒やし、大きな成長を手助けしてくれていると考える。

そう思って物事と向き合えば、必ず明るさが見えてくる。

私たちは自分一人で痛みや孤独に耐えているのではなく、魂を成長させようと応援してくれる大いなる存在といつも一緒なのだと、アルムスタファは説いている。

大いなる存在に思いを馳せて生きることも、幸せになるための第一歩のようです。



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テーマ : 生き方
ジャンル : ライフ

苦しみの本質
レバノン出身の詩人、画家、彫刻家、哲学者としても知られるカリール・ジブラン(1883~1931)という人物がいた。

オスマン帝国時代末期に現在のレバノン北部ブシャッレ(ブシャッリ)で生まれ、少年期の1895年アメリカ合衆国へ移住。

「20世紀のウィリアム・ブレイク」とも称され、宗教・哲学に根ざした、壮大な宇宙的ヴィジョンを謳う詩や絵画を残し、その作風は後世いろいろな詩人や政治家に影響を与えたという。


愛や労働、自由、友情など身近な28項目に関する質問について、哲学者アルムスタファが答えるという形でまとめられた『預言者』という有名な詩集がある。

その中の一つ、苦しみについての項目にこう書かれている。

お話しください。
苦しみについて。
アルムスタファは答えて言った。
苦しみ、それは、あなたの理解を被 (おお) っている殻 (から) が壊れること。
果実の芯が陽 (ひ) に触れるためには、まずその核 (から) が壊れねばならないように、あなたも苦しみを知らねばなりません。

あなたの日々の生活に起こるさまざまな奇跡へのおどろき、それを心に常に生き生きと保てたなら、苦しみも喜びにおとらず不思議に溢 (あふ) れていることがわかるでしょう。
田畑の面を過ぎて行く季節を、いつも自然に受けとめてきたように、心の季節をもあなたがたがそのまま受けとめられたなら。
苦しみの冬を通しても、晴朗 (せいろう) さをもって目をみはっていられたなら。

苦しみの多くは自ら選んだもの。
それは、あなたがた自身のなかの、うちなる薬師 (くすし) が、病んでいる自分を癒 (い) やそうとして盛った苦い苦い一服。
それゆえに、この薬師を信じなさい。そしてその薬を沈黙と静穏 (せいおん) のうちに飲みほしなさい。 なぜなら、その手がどんなに耐えがたく厳しくても、「見えない方」の優しい手で導かれているのですから。
そのもたらす杯 (さかずき) がどんなにあなたがたの唇を焼こうとも、「陶工である方」がご自身の聖なる涙でしめらせた土でつくられているのですから。


テーマ : 生き方
ジャンル : ライフ

ヒロシマ原爆展
ちょっと前のことですみません。

8月の末に1週間だけ「ヒロシマ原爆展」があると聞いたので行ってみた。

ヒロシマ原爆展B


中学の時、修学旅行で九州に行ったことはあっても、すでに原爆の記憶は残っていない。

毎年8月になると、機会があれば広島に行きたいとは思っているが、未だ実現せず・・。


残暑が残る日でしたが、博物館の一角で行われる原爆展には多くの人が来ていた。

私の横で見ていた初老のご夫婦は、当時広島で原爆に遭い避難した所を廃墟と化した広島の写真から探していた。


この国では60数年も戦争のない時代が続いている。

輝かしくもあり、これは尊い日本民族の歴史そのものです。

戦争は人類にとって極めて残酷なものであり、一切の容赦の論理を許さない。

この原爆展に飾られた写真を見てもそのことがよく分かる。

ヒロシマ原爆展Ⅵ


人類にとって戦争はあってはならないものだという考えは誰しもが持っているものだが、世界のどこかでは、未だに戦争は起きている。

長く平和を享受してきた日本人は、平和を口にさえすれば自ずと平和がくるものだと安易に考えている人たちが多い。

しかし、今いただいている平和の時代も、二百数十万余の尊い犠牲者によってもたらされたものであることを片時も忘れてはならない。

ヒロシマ原爆展4


世に「逆縁 (ぎゃくえん) 」なる表現がある。

仏道に入る縁を指すのだが、一般的には年上の者が年下の者の供養をすることをいう。

人生は不思議な道程 (みちのり) である。

誰しもが寸秒先の自分の命脈を知り得ないし、生まれた順序のとおりに死の時がやってくるとは限らない。

しかし、戦争はこの「逆縁」の大量生産の場なのである。

たくさんの若者が戦場に赴き、後に遺る親、妻、子供、恋人の平安を祈りつつ、この世を去っていく。

そして、こうして罪のない一般人の命を戦争という大義名部で奪っていく。

原爆投下は戦争を早く終わらせるために必要だった、と公然と言い放つ当時のアメリカ責任者。


いまこの原爆投下をどう正当化しようが、この記録に残された事実を消し去ることはできない。

そして原爆投下という歴史に立ち合った日本人は、これを未来永劫 (みらいえいごう) にわたって伝え続けなければならない。

この悲惨な写真を見れば、どんな戦争も正当化できる理由などないということに気付く。



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面白きこともなき世を面白く
生涯熱い思いを抱き続け、人生を完全燃焼した人物に、明治維新の高杉晋作がいる。

明治維新を目前にした慶応3(1867)年4月14日、晋作は29歳の若さで息を引き取ります。


その前日、死の床にあった晋作は見舞客に筆と紙を持ってきてほしいと頼みます。

晋作はぜいぜいと苦しそうに息をしながら「面白き事もなき世を面白く」としたためる。

しかし体力が尽きて、後が書けない。


晋作は仰臥 (ぎょうが) しながら「野村のばあさんを」と野村望東尼(もとに)を呼びます。

望東尼は勤王の志士をかくまった尼僧で、女流歌人でもあった。

望東尼は「この言葉のあとを作ってくれ」という晋作の求めに応じて、しばし考えた後、すらすらと、「すみなすものは心なりけり」と続け、これを見た晋作は「面白いのう」と言って、そのまま息絶えたと伝えられていた。


しかし近年の研究によればこの句は死の前年にすでに詠まれていたという記録があり、正確には辞世ではないという説が有力である。

晋作は短い生涯の中で、吉田松陰の松下村塾に学び、後の徴兵制の母体ともなった奇兵隊を組織し、農民や町民たちの意識を目覚めさせる。

それはやがて長州藩全体、そして日本全体をも動かしていく。

私生活の面でも妻と妾 (めかけ) を一緒に住まわせたりするというとんでもないことまでして、限られた人生を最高に燃焼させ、思いどおりに面白く生きた人物です。

晋作がこの「面白きこともなき世を面白く」の後にどういう言葉を続けようとしたのか、あるいは続ける意味なしと判断し、わざとそこでペンを置いたのかは定かではない。


自分の人生、つまらなくするのも面白くするのも自分である。

この高杉晋作の言葉の「世」を「人生」に変え「面白きこともなき人生を面白く・・・・・」

あなたはこの後に、何と続けますか?



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テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

十三の徳目
「時は金なり」「天は自ら助くるものを助く」「結婚前は両目を大きく見開いて相手を見よ、結婚したら片目を閉じよ」という言葉は耳にしたことがあるはずです。

この言葉はアメリカ建国の父の一人と称えられているベンジャミン・フランタリンの言葉です。


フランクリンは1706年、ボストンの名もない蝋燭 (ろうそく) ・石鹸 (せっけん) 作りの家に17人きょうだいの15番目として生まれた。

正規の教育はほとんど受けず10歳で家業を手伝い、その後印刷業をやっていた兄の元で年季奉公をします。

向学心旺盛だった彼はこの頃から読書に勤(いそ)しんで文章力を磨き、兄が新聞の発行を始めると、フランクリンはハーバード大学の教育を風刺する文章を発表するなど、次第に著述家としての頭角を現します。

17歳の時には兄と喧嘩して家を飛び出し、フィラデルフィアで印刷工として自活。

この頃、ロンドンに渡る機会を得、植字工 (しょくじこう) として働きながら将来外交官として活躍する国際的な感覚を身につけていきます。


帰国後は自ら印刷所を立ち上げ、新聞や暦の印刷で大成功を収めます。

ちなみに「天は自ら助くるものを助く」という、後にサミュエル・スマイルズの『自助論』の冒頭にも登場する諺(ことわざ)は、フランクリンが暦に書いた言葉で、この暦は当時爆発的ヒットを記録している。

事業家として名を挙げたフランクリンは、1748年以降、事業の一線から退き、地域の指導者、政治家としてフィラデルフィアの道路舗装や消防、図書館、大学設立などの公共事業に尽力する一方で、避雷針などを発明し科学者としても多大な功績を残している。

凧(たこ)に雷を落とし、雷が電気であることを証明した逸話は日本の児童書にも紹介されている。


50歳を過ぎてからの政治家としての活躍は、特に注目すべきものがあり、当時、アメリカはイギリスの支配下にあった。

フランクリンは1757年に植民地課税権を巡る交渉のため植民地全体の代表としてイギリスに渡り、以来三度大西洋を横断して外交交渉に当たり、イギリスとの関係が悪化する中、今度はフランスの政界、社交界に入り、独立戦争で政府の経済援助を取り付けることに成功するのです。

アメリカの独立に大きな足跡を残し、「独立宣言」の際にはトマス・ジェファーソンと並ぶ起草者の一人となります。

『フランクリン自伝』はその多忙な合間を縫って、19年をかけて断続的に執筆されている。

貧しい家に生まれた自分がどのようにして成功したのか、その手段、秘訣を後世の人々に伝えることを第一の目標にした書物で、ふんだんなエピソードをもとに波瀾万丈の半生を描くストーリー展開は、自伝という域を超えて、小説に似た迫力がある。


そしてその『自伝』の中に、世界でも広く知られた「十三の徳目」がある。

これはおそらく20代の半ば、印刷屋として苦労を重ねていた頃にまとめたものと見られ、勤勉や節約、中庸、謙譲などの徳目が記されている。

若きフランクリンは、これらの徳目を日々拳々服膺 (けんけんふくよう) していた。

一、節制
頭が鈍るほど食べないこと。酔って浮かれだすほど飲まないこと。

二、沈黙
他人または自分自身の利益にならないことは喋らないこと。つまらぬ話は避けること。

三、規律
自分の持ちものはすべて置く場所を決めておくこと。自分の仕事はそれぞれ時間を決めてやること。

四、決断
やるべきことを実行する決心をすること。決心したことは必ず実行すること。

五、節約
他人または自分のためにならないことに金を使わないこと。即ち無駄な金は使わないこと。

六、勤勉
時間を無駄にしないこと。有益な仕事に常に従事すること。必要のない行為はすべて切り捨てること。

七、誠実
策略を用いて人を傷つけないこと。悪意を持たず、公正な判断を下すこと。発言する際も同様。

八、正義
他人の利益を損なったり、与えるべきものを与えないで、他人に損害を及ぼさないこと。

九、中庸
両極端を避けること。激怒するに値する屈辱をたとえ受けたにせよ、一歩その手前でこらえて激怒は抑えること。

十、清潔
身体、衣服、住居の不潔を黙認しないこと。

十一、平静
小さなこと、つまり、日常茶飯事や、避けがたい出来事で心を乱さないこと。

十二、純潔
性の営みは健康、または子孫のためにのみこれを行って、決してそれに耽 (ふけ) って頭の働きを鈍らせたり、身体を衰弱させたり、自分自身、または他人の平和な生活や信用を損なわないこと。

十三、謙譲
キリストとソクラテスに見習うこと。


幼少時代、貧しい境遇にあったフランクリンは勤勉と倹約によって身を立てた。

事業家として社会や同業者に揉 (も) まれる中で中庸や謙譲、正義、決断力の大切さを悟り、それは後に政治家として外交交渉をする上でも大いに役立ったという。

若い頃から成功を夢見ていた彼にとって、これらの徳目の実践が、後の成功に繋がる精神的基盤になったことは間違いありません。

しかし彼は実際『自伝』の中で
「私は自分が念願していた道徳的に完壁な域に達することはもちろん、その近くに至ることさえできなかったが、それでもなお、そうなろうと努力したことによって、なにもやらなかった場合よりすぐれた、また幸福な人間になったと思っている」と。

そしてこのことを「私の子孫の者たちはよくわきまえてほしいと思う」とも述べている。


フランクリン自身も私たちと同じ弱さや人間くささを兼ね備えていた人物であり、「十三の徳目」は、そういう自らへの戒めの意味もあり、高尚な目標を掲げながら、現実の自分とのギャップに苦しみ、それでも向上心を燃やし続けることに意味を見出していた。

人生は何事にもめげずにやり続けることが大切で、そこから生じ得る事象を人生の糧にするかは自分自身であり、その受け取り方次第で、人生は天と地ほどの隔たりが生じてくるのだと思うのです。



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一日も早い、復旧と復興を心より願っています。

今日も一日 ありがとうと感謝の心でお過ごしください。

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Author:ニック
■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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