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子を創る親の責務
成人の行動は幼い時の親の教えによるところが多く、その子を見れば、おのずと親の躾というものが分かる。

基本の挨拶から始まり、身につけるものから、掃除の仕方、整理整頓に至るまでの行動を見れば、いまさらのように親の顔が見たいと思う人がいる。

人間としての基本である挨拶ができなければ、そのほかの事を望んでも出来るはずもない。


親を愛し目上の者を敬い、先生を尊び、友を親しむことがなければ、自分の身を修めることなどできない。

人の精神は、清く明るく素直な人ほど人間が創られる。

挨拶一つをとっても、親が赤ん坊に「おはよう」「と声を掛け続けていると、成長するに従い「おはようございます」と挨拶をするようになる。

親の教えはそれだけ大切であり、幼いころの教えは生涯失われることはない。


自分の脱いだ靴はちゃんと揃えることも人間修業の第一歩である、と森信三は説いた。

玄関の履物を見れば、その家の荷風が概(おおむ)ね分かるというもの。

それはとりもなおさず、そこに住んでいる人そのものの習慣を物語っている。


習慣の慣は慣(な)れるという字であり、日々繰り返し実践を重ね、無意識のうちにちゃんとできるようになって初めて習慣づけられたといえる。

良い家庭に育った子供は自ずと立派な人間に育ち、良い校風の学校に入ると、問題児もいつの間にか良くなり、良い社風の会社に入れば意識せずとも立派な人材に成長する。


(せい) 、相近(あいちか)きなり
(ならい) 、相遠(あいとお)きなり

人間の本性は元々似たり寄ったりであるが、習慣によって月とすっぽん程の人物の差ができてしまう、という意味。


もともと人間一人ひとりに大きな違いなどなく、誰もが相近きものなのです。

しかしながら、躾や教育によって身についた習慣から、人間的に大きな差がついてくるのも事実なのです。

次世代を担う子どもたちを立派な人物に導くことは、今を生きる親の責任であり、人生を通してやらなければならない課せられた親の任務ではないかと思うのです。



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能力は差別するもの
組織の中で仕事をしていると、能力のない人に限って自分の仕事を人に任せるのを嫌がる。

そして、さも自分は有能であると言うことを誇示し仕事を抱え込む傾向にある。

しかし、それは組織の中では甚だ迷惑な話である。


アメリカには絶対にやってはいけない差別、この差別をやったら不正義というものが三つある。

それは人種差別(レイシズム)、男女差別(セクシズム)、年齢差別(エイジズム)である。

この三つの差別は許されない。


だが、逆にこれを差別しなければ正義ではない、というものがある。

それは能力である。

能力のない者は得てして集団の足を引っ張る。

能力のない者がある固まりを形成したりすると、不満醸成の場となって集団の目的を阻害しかねない。

これは企業などでは特に避けなければならないことの一つである。


つまり、能力は差別しなければ正義に反するのだ。

この考え方はアメリカに限らずヨーロッパにも根底にある。

人間ならすべて平等、能力は問題にしない、というのが日本のタテマエのようです。


能力がなく、会社を辞めてほしい人がいる半面、能力があってもっと長く会社にいてほしい人も、定年がくれば辞めなければならない。

だが、その能力のなさを問われることはない。

一度ポストを得れば、能力があろうとなかろうと、定年まで身分は安泰なのである。


しかし、能力を差別しなければ正義ではない、ということについては、真剣に考える必要がある。

能力を無視して平等に扱うのは悪平等ではないのか、ということである。

個人の資質と能力は、組織の中でバランスがとれているべきであり、年功序列の組織では何事も成し得ることはできない。

身の丈の仕事は自分の能力で決まり、その身の丈を高くするのも自分。

日々の努力なくして能力が高まることはない。

逆を言えば、努力をすることで能力は高めることができる、と先達は諭している。



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自分を変えて創造する ―人生の自分磨き―
生きていく上で、心の支えとなる言葉は、いつも同じとは限らない。

その時々の社会的立場や環境、心境の変化によって響いてくる言葉は変わっていく。

自分自身の人生を振り返りながら、それを実感する人は少なくないと思います。


そういう中で、限られた人生で毎日を新しい気持ちで生きていくことがいかに大切か。

言い換えると、元旦に初日の出を拝み、手を合わせて新しい門出を迎える心境で毎日を過ごせたら、どれだけ人生を充実できるか分からない。

昨日も今日も同じというのでは、人生の進歩はない。


日々、様々な未知の人や書物、情報、技術などと出会い、その中からこれまで自分が知らなかった世界に触れ、自分のものにできるよう努力する。

それによって新しい自分が創造でき、同時に刻々と変化する時勢に乗り遅れないだけの知識や見識というものを身に付いていく。

禅に「百尺竿頭(かんとう)一歩を進む」という言葉がある。

百尺の竿(さお)の先端に進んで、さらに一歩を踏み出せという意味。

先の見えない状況の中にあっても新しい方向を見出そうとする努力は、踏み出す一歩から始まる。


人間は、未来に関心のある人、現在のことに関心がある人、過去にしか関心のない人の三つのタイプに分かれると言われている。

しかし現在や過去のことしか関心がなければ、その人の運は開けない。

人間は死ぬまで一生が勉強で、生きている限り進歩していかなくてはならないのです。


大事なのはいくつになっても感激性、感動性を失わないことです。

人間とは悲しいもので、年を取ると何でも分かったような錯覚に陥り、感応性がなくなっていく。

時代に流されず、その時に誤っているものは捨て去ることで、毎日の新しい創造に結びつき、人生を感動させていく。

感動がなくなった時、その人の進歩は止まってしまう。

人は鋭敏な感受性を持ち続けながら、常に自分を磨き続けていくことで、人生を創造できるのだと思うのです。



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学問のすすめ ― 学問を進化させること ―
人生ここぞという時は発奮しなくてはいけない。

「なにくそ」「まけてたまるか」という奮い立つ心がなければ、学問を進化させることもできない。


学問にしろ仕事にしろ、寝食を忘れるくらいに熱中して取り組めば、心は楽しく、憂いも忘れられるという。

確かに何事においても力の限りをことに当たれば、その後の結果は自ずとついてくるもの。

またこのように一心に打ち込んでいると老いることも知らない。

そこまで熱中しなければ、学問も仕事も真にものにすることはできないようです。

人生でその喜びを知ることができた人は幸なのです。


では、いかにすれば憤する自分になることができるのか?

  学は立志より要なるは莫(な)し。
  而(しこう)して立志も亦(また)(こ)れを強(し)うるに非(あ)らず。
  只(た)だ本心の好む所に従うのみ。

                            ―『言志録』より―


学問を行うには、志を立てることより大事なものはない。

しかし、志を立てることを外から無理に強制してはいけない。

学ぶということは、単に知識を増やすために行うのではなく、自分の実践に結びつけて働きに変えるところに学ぶことの本当の目的がある。

そのためにも大事なことは、まず志を立てること。

そして目標を立てて心を奮い起こすことが立志なのです。

他人から言われてそうするのではなく、自分の本心がやる気になった時に本当の志というものが立ち、憤、すなわちやる気が出てくるということなのです。


学問は、物知りになったり、出世をするために行うものではない。

物事が行き詰まったり心配事があったりしても、心が萎えてしまわない自分をつくるために行うのであり、物事の道理を知って心惑わされないために行うのが真の目的なのです。



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生まれたものの淋しさ
人道的詩人として知られた千家元麿(せんげ・もとまろ)に小鳥の歌と題した詩がある。


  俺はきいた
  空をすぎゆく小鳥の歌を
  その合唱をきいていると
  自分は涙ぐんだ
  神のために歌われている気がした
  自分は心に喜びを得て歩いた
  静かな静かな空に
  その歌は喜びを伝えていた
  自分はこの無窮の天地に
  生まれたものの淋しさと喜びを味わった


元麿は千家尊福と画家であった小川梅崖(本名・豊子)の次男として、明治21年東京市麹町区の父の別邸で生まれている。

武者小路実篤らの白樺派文学運動の中にあって、肯定的な人道主義の詩風をうちたて、白樺派の代表的詩人として活躍した。


この詩は何気ない日常に目を向けた時に、喜びは私たちの周りに盗れていることを詠 (うた) っている。

末尾にある「生まれたものの淋しさと喜びを味わった」とは何を意味するのか。

私たちは人生に喜びを見出した時、それを永遠に持ち続けたいと願う。

しかし、喜びはいつの間にか消えてしまう。

誰かを愛すれば愛するほど、余計にその距離感を覚えるということは、誰にでもある一つのできごとです。

どのようなできごとの世界でも一緒で、自分の未熟さを思い知らされるものなのです。

このような「生まれたものの淋しさ」をも一緒に味わっていくところに、人生の醍醐味を見つけ、自分の夢に邁進して欲しいと願うのです。



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Author:ニック
■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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