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音楽と人-心の音-
中学1年の音楽の授業で、初めて音楽室で聞いたベートーベン交響曲第6番「田園」に魅せられクラッシックにのめり込んで40年以上が経った。

聴く方は好きだが、専ら楽器は下手で、高校時代友達に教えてもらったギターも、今は満足に弾けない。

大学時代は生のクラッシックを聞きに、小遣いのほとんどを使っていたが、社会人になり家庭を持って子育てに明け暮れる日々となると、生の演奏を聴くことも極端に少なくなる。


子ども4人も成人となり、昨年からまた生の演奏に出掛ける機会も少しずつ増えている。

今年の目標にも、映画やクラッシック演奏、絵画の鑑賞など積極的に足を運ぼうと思っている。

この音楽好きは上3人の息子にも遺伝し、長男と二男はギター、三男はギターと電子ピアノを演奏する。

二男の2ケ月に1回の障害をもった施設や老人ホームでのボランティア活動も、6年も続いている。

趣味で初めた音楽も、こんな形で人様のお役にたてることができ嬉しい限りです。


音楽の音はもともと絶対的なものであり、誰が聴いても綺麗な音と汚い音の区別はつく。

よって綺麗な音を聞いて汚いという人はいない。

クラッシクでもカラヤンが振る指揮と、バーンスタインが振る指揮の音は全然違う。

つまり音楽は指揮者の感情を表現するものであり幅はあるが、そのもととなる音というのは誰が聴いても綺麗であるべきなのです。

音楽は相対的であるが、音は絶対的であるという所以はここにある。


音楽を奏でる時、その人の内面にある心の優しさや心遣い、そういうものが音には全てでる。

自身の身の回りが汚かったり、誰に対しても心のこもった挨拶ができないようでは、音楽そのものの秘めた神髄を伝えることはできない。

技術やテクニックだけでは、人の心の底から吹き上げてくる感動を呼び起こす音は出せない。

音楽はその人を映す鏡であるともいう。

音楽同様、人に恥じない人生を演奏できる人物でありたいと願う。



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テーマ : 大切なこと
ジャンル : ライフ

美しいメロディを通じて
日本で唯一のオルゴール作曲家として有名な橋本勇夫(はしもと・いさお)さんの、人生のひとこまです。

大学入試の時に偶然出逢ったギターの音色に魅せられ、学生時代は自ら結成したギタークラブの運営に若い情熱を注ぎ込んでいた。

卒業後は、地元広島に戻り一旦就職したものの、音楽への思いは断ち難く、会社を辞め、楽器店を経営する傍らギター教室を開く。

近隣の中学・高校のギタークラブの指導も手がけ、文部大臣賞をはじめ数々の賞へと彼らを導いていく。


広島の比婆(ひば)郡に生まれ、大自然の懐に抱かれて育ったことで、木に対する深い愛着があったという。

楽器店でも、エレキギターやシンセサイザーといった売れ筋の電子楽器に背を向け、生ギターなど木製楽器の生の音にこだわった品揃えに徹している。

しかし、音楽の道を貫くことは容易なことではなく、これまでに2度まで自宅を手放し何とか乗り切ってきた。


何かに導かれるように、ギタークラブの指導を終え、ふと立ち寄ったデパートで吸い込まれるように足を踏み入れたのが、オルゴール売り場だった。

目に留まった小箱を開いて流れてきた美しいメロディに、1度目の自宅処分を余儀なくされて壊れかけていた心は、たちまち癒やされた。


深い挫折感と焦りで、心は伸びきったバネのようになっていた。

オルゴールのシンプルなメロディは、そんな心の緊張をみるみるときほぐし、安らぎを与えてくれた。

「力まなくてもいい、足元を見てまた歩き始めればいいんだ」と心に言い聞かせ、再び勇気と希望を取り戻していく。


その夜、心地よい陶酔感に包まれて眠りについた脳裏に、一つのメロディが流れてくる。

枕元でメモしておいた楽譜を翌朝ギターで弾いてみた。

オルゴールにピッタリの名曲だと確信する。


テーマ : 音楽
ジャンル : 学問・文化・芸術

オーケストラを堪能してきました
日曜日、市民ホールで生のオーケストラを堪能してきました。

市民が運営する交響楽団の定期演奏会チケットをいただき、何年かぶりの生でした。

指揮者は田代俊文さんでラベルとショスタコーヴィチがプログラムされていました。


田代俊文さんは、帝国劇場の「ミス・サイゴン」で指揮者に抜擢されたり、世界一流の舞台芸術家達に高く評価されている方ということで、私も詳しくは知りませんでした。

市民交響楽団は1982年に設立され30周年を迎えています。

相模原市民交響楽団


ラベルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」と「高雅で感傷的なワルツ」は、心に残るほど良いとは思いませんでしたが、ショスタコーヴィチの「交響曲第5番ニ短調 作品47」は期待通りの感動でした。

古典的で単純明快なこの曲の構成は、誰にでもすんなり入り込むことができて、疲れた心に単純明快な感動を与えます。

第四楽章の最後は、全楽器の主和音が強奏しティンパニとバスドラムの打楽器は圧巻の一言でした。




今年は9月にオペラ、12月に恒例の第九が演奏予定に組み込まれているので、また会場に足を運びたいと思っています。




終演後、仕事で紹介されたパティスリー パリシで、しっかりロールケーキを買って帰りました。

パリシでロールケーキ


ここの本木店長、以前銀座の有名スイーツ店で修業し店長にまで上り詰めた人で、独立して店をここに構えました。

定番ケーキはもとより、誰でも美味しいケーキを食べてもらえるようノンアレルギーケーキにも取り組んでいます。

気さくな店長なので、お近くの方はぜひ立ち寄ってみてください!!

しっとり感の生地と適度に甘い生クリームは美味しかったです。



一日も早い、復旧と復興を心より願っています。

今日も一日 ありがとうと感謝の心でお過ごしください。

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テーマ : 音楽
ジャンル : 学問・文化・芸術

聞こえない音を求めて ES1
高熱と右足の激しい痛みが続き、骨髄炎と診断された。

手術は成功したが高熱が原因だったのか、それとも薬の副作用からか、それまで普通に聞こえていた両耳は7歳にして聞こえなくなった。

聾(ろう)学校に転校し、生まれつき耳の聞こえない子供たちに交じって、ゼロから勉強を始める。

もともと手先は器用な方で、中学部になると将来は木工の道を志すようになり、高等部、さらに専攻科で木工技術を学んだ後、地元の家具メーカーに就職。

この頃聴覚障害者自立のための運動に熱心に取り組んだことが縁で、33歳の時、聴覚障害者相談員として福岡市役所に就職します。

17biwa[1]
筑前琵琶との出合いは、福岡市博多区役所に配属になった3年後、近くの和楽器店のウインドに飾られた筑前琵琶の模型を目にして、そのあまりの曲線美に惹かれたことだった。

長い間、木工に親しんでいた彼には、いくつかの小さい鉋(かんな)を用いれば、このような曲線美が出せることを体験として知っていた。

それだけに「自分の手で琵琶を作りたい」という思いは日に日に高まっていった同じ頃、一つの新聞記事が目に留まる。

それは、筑前琵琶の継承者不足を伝える内容で、そこに中村旭園(きょくえん)のコメントが紹介されていた。


中村先生が隣の中央区に住んでいることが分かると、矢も楯もたまらず訪ね、「私にできることはありませんか」と自分の思いを正直に伝えた。

幸いに先生は彼の気持ちを汲み取り、実際の琵琶の図面や制作過程が書かれた本のことを彼に教えた。

すぐさま本を入手するとともに、先生の助言により骨董品店で古い琵琶を購入、腹板を剥がしながら丹念に構造を研究し、それを参考に自己流で制作に当たるのです。


休日を利用しての作業、一つの琵琶の形が出来上がり、さらによい音色を出すために3か月、4か月と乾燥させるための歳月は流れていく。

最終段階では腹板を張って音の出具合を確かめるのですが、彼にはその音の確認はできない。

思い切って作品を手に中村旭園のもとを訪ねた。

「これは琵琶の音ではありません」。

自分で作った筑前琵琶を持参した彼に、中村旭園は筆談でそう伝えた。

別の自作の琵琶を持参して再び訪ねた時も同じことを言われ、3度目には「あなたは耳が聞こえないので、琵琶の音は出せません」と言われた時には、制作を始めて10年の歳月が流れていた。


次に続く!


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テーマ : 工芸
ジャンル : 学問・文化・芸術

かけがえのない宝物 ES1
1980年代、彼女が世に送り出した曲の主人公は、明るく行動的で、人生にも恋愛にも前向きな都会の女の子ばかりでした。

ポップで軽快なメロディーやアレンジに、歌い手である彼女自身にも同じイメージを重ねたファンも少なくないと思う。

しかし、現実の彼女の心は全くといってよいほど違っていた。

数々のヒット曲を出して周囲からもそれなりに評価されてきたが、幼い頃、彼女が育った家庭はとても複雑で、これまで誰にも語れなかった過去がありました。


不仲な両親の間に生まれ、常に母親の怒りの矛先であった彼女は、両親からの温かい愛情を知らずに大人になっていった。

母親は彼女に対して心身への虐待を繰り返し、時には彼女の存在価値まで否定する。

「あんたなんていなければ、すぐにでも離婚して私は幸せになれたのに」と泣き叫ぶ母親を見て、子どもながらに自分は何のために生まれてきたのかを問い続けていた。

また、母親には一種の虚言癖があり、ある日、仲の良い友達の家に遊びに行って帰ると、「きょうその子のお母親さんに会ったら、本当はあなたとなんて遊ばせたくないって言われたわ。お母さんとっても恥ずかしかった」と言ったのです。


驚いて、翌日恐る恐る友達のお母さんに聞いてみると、全くのでたらめでした。

そんな母親の行動を理解できず、「お母さん、私何か悪いことした?どうすればお母さんに喜んでもらえるの?」と、すがるような気持ちで答えを探したが、どこにもその答えは見つからなかった。


唯一たどり着いた結論は、虐待を受け入れることだった。

自分の感情を押し殺し、母親のどんな異常な行動も愛だと信じて受け入れることで、何とか自分を保ってきた。

しかし母親の虐待がエスカレートしていくうちに、現実と向き合うことが怖くなり、空想の世界(身体はここにいるのに、意識はいつも上の空)に浸るようになる。

日中は学校で音楽や絵などの楽しいことを空想して過ごし、辛い現実とバランスをとっていたのです。


そんな彼女の支えとなったのが、音楽とスポーツでした。

特に音楽をやっている時は現実から離れ、本当の自分を解放することができた。

高校を卒業し、歌手として20歳でデビューを果たす。


周囲の顔色を見て相手のニーズに合わせる習慣が身についていたため、求められるままに曲を作り、幸いにもそれらは次々とヒットした。

しかし、次第に自分の歌いたい曲と求められる曲との間に隔たりが出てくるにつれ、人気が高まっていくのと裏腹に、音楽家としては満たされない日々が続くのです。

次に続く!


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テーマ : 音楽
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Author:ニック
■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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