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無医村からの医療 ES2
初めのうちは「医療も教育ですよ、先生!」と早野村長から吹き込まれ、気負い過ぎて患者に接していたという。

3ケ月ほどした頃には、優秀だと感じている職員たちの悪い噂を妻や子どもたちが耳にしてくる。

どうもおかしい。

案に自分のことを批判しているように思えた。


理想とされる医師像は医師の側だけでなく、地域の住民からも受け入れられ、望まれるものでなくてはならない。

田野畑村でもこちらの理想を訴えるだけでなく、患者の方はどうしたいか。

それを考えながら、みんなで理想的な医療の形をつくっていくことが大切ではないかと考えるようになるのです。


田野畑に赴任した時、まず考えたのは、とにかく長くここにいようということと、もう一つは、絶対に「粗大ごみ」はつくらない、ということだった。

大抵の医師は地方に赴任すると、専門の医療を目いっぱい提供しようと、様々な器材を買ったり施設をつくる。

ところがその医師が自分の思う医療をできずに辞めてしまうと、あとにはまるで使い道のない粗大ごみが残されてしまうことになる。


ではその粗大ごみをつくらず、なおかつ住民の方に満足してもらえる医療を提供するにはどうすればよいのか。


問題を一人で抱え込むのではなく、県立病院や近隣の開業医などと連携を図り、村民の医療に協力をしてもらうことだと考えるようになります。

医療資源を広域的に活用していくというもので、診療所で患者を診て、これは専門医に任せたほうがよいと判断したら、県立病院や小児科、整形外科などに向け、どんどん紹介状を書いていった。

しかしこうしたやり方はすぐには理解を得られず、子どもたちは学校で「おまえの親父さんは診察をしないのに給料をもらっている」などと悪口を言われたこともあった。

しかしなんと言われても、村民のためならいくらでも恥をかこうという覚悟で紹介状を書き続けた。


小学校の内科健診や予防接種の際には、子どもたちの生活環境を知っておく必要があると思い、往復10キロの山道を越えてこちらから出掛けていった。

また普段から各地域の公民館で夜の健康教室を開き、村民の健康意識を高めることにも努めた。

次に続く!


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無医村からの医療 ES3
そんな彼を終始支えたのはやはり妻だった。

引っ越しそばの代わりに梅の苗木を配っていた妻は、村の人たちともすぐ仲良くなり、山野草摘みなどいろいろな場所へ一緒に出掛けていった。

田野畑の生活に進んで溶け込み、目立った病状の変化もなく、毎月千葉のがんセンターに通院していたが、病気はゆっくりと進行していた。


予後不良である病身の妻の明るい振る舞いが不憫 (ふびん) でたまらなかった。


引っ越しから4年目を迎えた頃には、千葉の自宅へ帰ったきり田野畑へは戻れない体になっていた。

月1回、千葉に帰宅する夫を楽しみに待っている妻がある時、「私、このまま治らないんじゃないかしら……」とつぶやいた。

「そんなことはないよ」と返し否定したが、妻は「嘘だ」と言って聞き入れなかった。

「嘘なもんか。じゃあ、息子たちに何か言葉を遺 (のこ) しておくかい?」という夫の言葉を聞いて、妻の目にはみるみる涙が溢 (あふ) れだした。

それ以上妻の顔を見ていることができず、そっと肩を抱き寄せ、頬ずりをしてやることしかできなかった。


余命短いと悟った妻は、亡くなる前の1年間は、親しかった友人たちを数人ずつ誘って、花見など食事会を度々やり、少々やつれた婦人を気遣う友人に「一病息災よ」と笑っていたそうです。


平成元年1月11日早朝、田野畑の自宅に1本の電話が入る。

慌てて病院へ駆けつけたものの、人工呼吸器につながれていた妻の意識は、二度と戻ることはなかった。

45歳という若さだった。


千葉の自宅で行われた葬儀には、遠く田野畑の地から、早野村長をはじめ、村会議長や事務長、足の悪いはずのお年寄りまで、実に200名の村民が7台のバスを連ねて駆けつけた。

「田野畑ではもうすぐ梅の花が……」と言葉を詰まらせながら弔辞を読んだ村長の声に耳を傾けながら、妻がどれだけ村の人々に愛されていたかをあらためて知った。

そして妻に何もしてやれなかった自分の至らなさを詫びると同時に、村民に対する感謝の気持ちで思わず胸が詰まった。


人は誰でも、子どもの時に、他人様から親切を受けたり、逆に、悲惨な状況を目の当たりにしたりすることで、心の中のヒューマニズムが触発されるようです。

誰もが人の役に立ちたいという思いを持っていて、その思いが"個"のほうに向かえば企業人となりボランティア活動をしたり、"全体"のほうに向かえば、政治を志すのかもしれない。

しかしある意味、無医村医療も政治を志す精神と共通するものがあり、それはつまるところは愛、人間愛であるように思う。

あの収容所で惨めな思いをして亡くなっていった妹や同胞たちのもの言わぬ魂、45歳で亡くなった妻の思いが、彼に愛を語り続けている。



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一日も早い、復旧と復興を心より願っています。

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誰かのためになる幸せ ES1
平成18年、長年の国際支援活動が評価され、『日経ウーマン』主催「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」の大賞を受賞した木山啓子(きやま・けいこ)さん。

彼女たちの特定非営利活動法人「JEN(ジェン)」は、主に紛争や災害被害に遭った方々の生活再建から復興までをサポートする「自立の支援」を行う団体です。

紛争や災害被害者たちに対して、初めは緊急用テントの設置や食料・水の確保など、生命維持に必要な支援が最優先される。

ネパール
この緊急の段階から心のケアを含む自立を促進するのがJENの活動だという。

これまで世界の17か国で活動し、150万人以上の人々の生活を支援してきた。

世界中の一人ひとりが幸せになるためにできることをする。

これがJENの使命であり、彼女自身の人生の目的でもあるのです。


大学卒業後、電機メーカーに就職、コツコツ仕事をするうちに入社3年目で、ある部門の営業でトップの成績を上げるようになる。

しかし、当時は男女雇用機会均等法の施行前で、4年目になる時に同期の男性は昇給・昇格をしたのに対し、彼女は昇給も昇格もなかった。

上司に直談判すると、彼女だけ昇格は認めたが、他の女性の処遇は変わらなかった。

「私だけが評価されても意味がない」と、退職してニューヨークの大学院に単身留学。


性差別をはじめとした女性学を朝から晩まで勉強したが、いざ帰国した後、再就職した会社でまったくと言ってよいほど結果を出せなかった。

仕事のパフォーマンスが悪く、勉強してきたことも生かせない……。

そんな時、友人からあるNGOに参加してみないかと勧められ、藁(わら)にもすがる思いで連絡をとった。


採用され、そしてネパールに派遣、未知の世界に飛び込んでいく。

「よく何も知らない世界に飛び込めますね」と驚かれるが、物事がうまくいっている時も落ち込んでいる時も彼女は常に自然体なので、ネパールの派遣も自然なことに思えて、さしたる決断でもなかったと語る。

旧ユーゴスラビア
そしてその後、旧ユーゴスラビアへと派遣されるのです。

当時、旧ユーゴは紛争の真っただ中にあり、NGOの関係者からも「世界で一番危険な現場」だと言われていた。

実際旧ユーゴに着いてみると、決まっていたのは4日分のホテルの予約だけという状況。

その後の仕事場となる事務所探し、通訳や車の手配など、すべて同行してくれた先輩と自分たちで行うゼロからのスタートだった。

次に続く!


誰かのためなら人はがんばれる 国際自立支援の現場でみつけた生き方
誰かのためなら人はがんばれる 国際自立支援の現場でみつけた生き方木山 啓子

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誰かのためになる幸せ ES2
旧ユーゴ
前任者もなく、仕事内容も分からず、とにかく無我夢中で、3か月は睡眠時間2時間というハードスケジュールをこなしていく。

朝起きるとやりたいことが30も40も思いつくのに、1日が終わってみるとその中の3つもできていないという状況で、いつも、もっとやらなきゃ、という気持ちに駆られていた。


そんな毎日の状況下で、ある時ふと考えた。

どんなに能力のある人が寝ないで努力しても、5人分くらいの仕事しかできないのではないか。

凡人の自分が30人分やらなければならないなら、1人でできるわけがない。

1人で抱え込んで悩むよりも、みんなで力を合わせて大きな困難を乗り越えていこう、とこの時思うのです。

スリランカ
そんな思いでいた平成16年、スマトラ沖地震発生直後、スリランカで緊急支援を行った時、一人の男性に出会う。

彼は家族を養うため危険なイラクヘ出稼ぎに出ていたが、無事に帰国し、これでまた家族全員で暮らせると喜び合っていた矢先に地震が発生、彼以外全員津波で亡くなるのです。

家族も家も一度に失い、彼は自暴自棄に陥っていたが、なんとか説得してJENの心のケアプログラムに参加してもらった。

そこで彼は、自分と同じように津波で家族を失った少年と出会うのです。

それからというもの、彼はその子のために頑張ろうと少しずつ元気を取り戻し、JENのプロジェクトリーダーとして活躍してくれるまでになります。


人は極限の状況下では、自分以外の存在のためにしか力を発揮できないという。

旧ユーゴでもそうであったように、アフガニスタンでもイラクでも、スリランカでも同様のことを彼女は目撃するのです。


それは国境を越えて、人間のDNAに刻み込まれ、「人は人のために尽くしてこそ、真価を発揮する」という事実が世界の人々を支えているのです。

「人のために尽くしてばかりだと損をする」と言う人もいるが、実際はまったく逆で、人間にとって誰かの役に立つことがどれほど幸せなことか。


自分だけのために時問やお金を使うのでは、満足感は得られない。

誰かのためになる幸せ、その幸せな一瞬一瞬の積み重ねが、幸せな一生につながるのです。


人生とは自分の苦難を乗り越え人のために尽くすことであり、誰かの幸せのために起こす行動こそが自分の苦難を乗り越える原動力ともなるのです。

東日本大震災で被災された方々のためになる幸せ、もう一度皆さんで考えていただけるようお願い致します。


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人生の仕組み ES1
言霊(ことだま)という言葉を聞いた方はいると思いますが、プラスの言葉を使うことにより精神面や健康面で大きな差がでるといいます。

沖縄で薬を使わないクリニックを開いている精神科医の越智啓子(おち・けいこ)さんの話です。


いつも元気な人は「仕事が楽しいな」「私いま充実している」と言って、仮に疲れていると感じても、「大丈夫!」「元気です!」と口に出しているはずなのです。

一方、いつも元気がなくて疲れている人は、やはりいつも「疲れた」「もう無理」「つまらない」と言っている。

不思議ですが、これはまぎれもない事実なのです。


人間の脳のメカニズムは言葉、しかも自分で発して音声化された言葉は大脳が聞いていて、それを一つの刺激として、体内に指令を出します。

「元気です!」と言うと体中に「元気」の指令が流れ、多少疲れていても元気になる。

一方「疲れた」と言えば、本当はまだ元気なのに「疲れた」指令が体中を駆け巡るのです。


もう一つ違う角度から見てみると、江本勝さんの著書に『水からの伝言』というのがあり、同書では「ありがとう」をはじめとする、ポジティブで思いやりのある言葉をかけた水がきれいな結晶となるのに対し、「バカヤロウ」など汚い、ネガティブな言葉を浴びせた水は、その結晶までもがグシャグシャになってしまうことを紹介し、水が言葉のエネルギーに反応することを証明しています。

私たち人間の体は70%が水でできていて、普段どんな言葉を使うかで、私たちの体は変わってきてしまうのです。

鬱(うつ)の患者を思いっきり笑わせて、暗い表情の患者さんがすっきりとした笑顔になったり、「大丈夫ですよ、必ず良くなりますよ」という励ましの言葉と、相手を受け止めて抱きしめることだけでも効果が得られるのです。


また、患者が子どもの場合、連れてくるお母さんたちは笑顔が少なくなるし、どうしても格好にも構わなくなります。

そこで越智さんはいつもお母さんたちのいいところを褒めるようにしたところ、毎回来るたびに美しくなっていき、笑顔を取り戻したといいます。

また、お母さん方と一緒に子どもへの声がけの発声練習もします。

「宿題、済んだの(↘)」ではなく「宿題、済んだの(↗)」「忘れ物はないの(↗)」と尻上がりに声をかけると、同じ言葉でも圧迫感を感じないのです。

お母さんが笑顔になって、言葉がけも優しくなると、子どもの病も快方に向かうといいます。

言葉が人間を変える、言葉が人生をつくる、そんな人生のしくみの一端を学んだ出来事だと越智さんは語る。


次に続く!



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Author:ニック
■ニックネーム:人生の彷徨人
■住まい:神奈川県
■半世紀を過ぎた人生を振り返り、4人の息子に囲まれながら第二の人生を歩んでいます。

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